「別に秘密にはしてないんだけど」 「そうそう。くぼちゃん聞かれないから答えねぇだけだもんな」 「うん、時任も聞かないしねぇ」 謎多き二人組はすっとぼけた顔をして会話をする。 先日見事に無事釈放と相成った久保田誠人に、『何で釈放されたのよ?』と少し冗談めかして尋ねた結果の会話だった。 「くぼっち、トッキー」 日曜の昼過ぎ、人の多いファミレスの角の席。 「ごめん、そのネタで喧嘩してんなら先言って」 意地の悪い質問だった。それは承知している。 久保田誠人は出来る事なら一生関わらずにいたいくらいにヤバイ男の息子らしい。そんな事は随分前に調べて知っていた。恐らく父親の力が働いての釈放なのだろう。それでも尋ねたのは、単純に時任を手助けしていたことに対しての礼がなかった意趣返しだった。『俺とトッキーが頑張ったからっしょ?』と続けるつもりだったのだ。 本当に、ただそれだけだったのだが。 「嫌だなぁタキさん、別に俺たち喧嘩なんかしてないよ」 「そうそう。どうやって喧嘩にすんだよこんなネタ」 どうやら地雷のど真ん中を踏んだようだった。 (どうやっても何も、今現在進行形で思いっきり喧嘩してるのはどこの誰よ) 友情だの恋愛感情だのをとっくに飛び越えた関係のように見えたこの二人は、喧嘩などしないのだろうと思っていた。それがたかが秘密の一つ二つで簡単に喧嘩になっている。 「それにしてもタキさん、時任が大分世話になったみたいで」 「あ、…ああ」 恐らく何故時任が世話になる羽目になったのか、充分承知の上で久保田は言った。曖昧に頷いて、滝沢はそれ以上を答えられない。 彼のこんな言葉は、返答を躊躇う何かを孕んでいる。久保田誠人は時折ひどく話し辛い相手に思えることがあった。 彼は良く笑う。しかし、ただ唇の両端を持ち上げて、少しばかり目を細めているだけのようにも見える。 過去も背景も、探れば見つけることはそれ程困難ではない。しかし、内面は絶対に分からない。 「あちッ」 そんな久保田の言葉が聞こえていないわけではないだろうに、時任はわざとらしく湯気も立っていないスパゲティを口に運んで呟いた。 時任は、久保田とはまるで正反対の在り様でその隣に立っている。滝沢はそう思う。 彼はよく笑うしよく怒る。偽る事も得手ではないらしく、滝沢のように少しずるい見方を覚えている者には彼の偽りはまるで意味がない。真直ぐに育った普通の少年だ。例え右手が人のそれでなかったとしても。 しかし、どんなに調べても滝沢は彼の育った環境を知ることが出来なかった。右手と合わせて考えても、時任稔が『真直ぐに育った普通の少年』であるわけがないのだ。 だから時任は分からない。 「二人とも、知ってる?」 会話の極端に減った二人は、睨み合いもしない。 「嫌いな相手の顔を絶対に見ない方法」 「あ? 何だよ急に」 「何か分かりにくい喧嘩してるからさぁ、分かりやすく喧嘩する為のアドバイス。分かりづらく喧嘩されてると、周りが迷惑するからさ」 「だから喧嘩なんかしてねぇってば。で、何だって? 嫌いな奴の顔を絶対に見ない方法?」 「そう」 「…殺す、とか…じゃねぇよなぁ」 「うん、それは流石に違う」 時任はちらりと久保田に目をやった。それを感じ取り、久保田はその眼差しを受け止める。 「何だろ。久保ちゃん分かる?」 「さあねぇ。俺謎々とか苦手だからなぁ」 「うーん…。駄目だ降参。答え、何?」 あっさり彼らの間の空気は元に戻っていた。拍子抜けするほどに簡単だった。 恐らくはもう、切っ掛けを互いに探していただけなのだろう。 (甘いねぇ) 滝沢は自分の意趣返しが果たされなかった事を思い出した。多少の気晴らしは許されるだろう。 (そろそろ次の待ち合わせ行かないとまずい事だし) 滝沢は立ち上がった。 「秘密」 教えてけ、と怒鳴る時任の声に送られて店を出た。 伝票をわざと忘れてやった。久保田誠人には結局礼を言われていない。あの男の事だから、絶対に分かっていて言わなかったのだ。 どうせ答えも分かっているに違いない。 (絶対に顔を見たくなけりゃ、互いに背中合わせるしかないっしょ) 次回からはもっと分かり易い喧嘩をして欲しいものだ。しかし、彼らの場合背を向け合っているつもりで預けあっているかもしれない。 そうなったらやっぱり分かんないなぁ、と滝沢は思った。 |
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