「…久保ちゃんさぁ」 「ん?」 「卑怯」 せめてもの抗議のつもりでそう言ってやったら、あっはっは言われちゃったなぁ、と返された。 笑い事じゃねぇ。とも、言えない。 とにかく久保田の謝罪は好きではない。真実味のない薄っぺらな謝罪だからだ。 それを承知していて、それでも久保田が謝るからだ。 当たり前のように。 一体何をどうしたら彼の口から心からの謝罪を聞けるのか分からず、そもそもそんな言葉を聞きたいともあまり思えず、時任はがくりと床に手をついて項垂れた。 「俺が何で怒ってんのか、分かってねぇだろ…」 「え? それは」 わざわざ顔を上げて見るまでもない。眼鏡の奥の瞳は、テレビ画面に向けられている。 「俺が時任に勝ったから?」 「違う。勝ち方が卑怯だから」 「…勝ち方は卑怯じゃないと思うんだけど」 勝ち方は、と限定してみせるその物言いは絶対に故意だ。 時任が嫌って止まない久保田の「ゴメンね?」を聞く羽目になった切っ掛けは、確かに格闘ゲームだ。ハメでも何でもない、単純な右ストレートの一発に倒された。決め手の右ストレートは別に構わない。こちらの隙をついた、全く見事な一発だったとも思うわけだ。けれどそれまでの体力の削り方には大いに問題がある。 「格闘ゲームの対戦でヒット&アウェイは反則だろ…」 少なくとも俺様法典では重罪だぜ畜生、と心底思う。 一発当てては逃げる。卑怯すぎる。対戦ならば逃げずに殴り合わなければいけない。 それを改めて時任は説明した。久保田は真面目に聞いていた。 「…だから、ズルイだろ?」 「うーん…そうね、うん。ゴメンね?」 結局久保田は、再び同じ台詞を口にした。時任が怒ると分かっていてもそれより他に言うべき言葉を知らないかのようだった。 時折、本当にごくたまに、久保田には全く話が通じなくなる時がある。 別に思うことの全てを共有したいとは思わない。だが、ここだけは共有していたいと思う、そこが共有できない。 要は心からの謝罪を聞きたいわけではない。たかがゲームだ。そうではなくて、その互いのズレを否応無しに認識させられる薄っぺらな言葉を、向けないで欲しい。 適当に謝罪されて誤魔化されると、久保田にとってそのズレはどうでもいいものなのだと言われているような気分になる。 実際どうでもいいものなのかもしれないと、不安になる。 問題は相互不理解そのものではなく、それを埋める手段だ。 「…別に、対戦でどんな戦法使ってこようといいんだけどさぁ…」 「さっきと言ってること違うじゃない」 「あのな、久保ちゃん」 「うん」 「久保ちゃんが思ってるよりずっと、俺は真面目に久保ちゃんの言葉聞いてんぞ」 「……」 コンティニューを選ばなかった所為で、とっくにテレビ画面はゲームタイトルに戻っている。やけに派手な電子音のメロディ。 「だから、お前がそんな言い方すると、俺は傷つく」 「そんな? …って、どんな」 「だからっ、分かってねぇのに分かったとか! 取り敢えず謝ってみようとか! 上手くいったら儲けもんだとか! そういう考え方はすんな!」 「…別に誤魔化そうとは思ってなかったんだけど。そっか、そう聞こえるんだ」 なるほど、と久保田は呟いた。時任を責める口ぶりではない。 言い過ぎたと思ったが、もう遅い。 「あー、でもそうかも。うん、お前が怒るの無理ないかも」 自己嫌悪に俯きかけた時任の耳に、あまり真剣味のない反省が聞こえる。 「は?」 「いや、だからさ。時任が言ってた様な事、俺は自覚してなかったのよ。だけど言われて見ればそうかも知んないなぁと」 「誤魔化そうとしてたってことか?」 「じゃなくて、もっと根本的なところ。時任が怒ってる意味を理解してないってのを、今理解した」 「……」 それは、怒るべき所なのか。それとも誤魔化さなかったことを褒めるべきか。 「本能で誤魔化してたっていうか。何かそれも厭な感じだねぇ」 久保田は、存外臆病者だと思う。本人は気軽に『俺臆病だから』と口にするが、多分自身で思っているよりもずっと、ずっと臆病なのだ。 誤魔化してしまう本能。その在り様を怖れている。何と無しにそれが分かった。 「厭じゃねぇよ」 「でも今」 「傷つくとは言ったけど! 厭じゃない。俺は久保ちゃんの事嫌わない」 救えないのがもどかしい。 だからしっかり見据えて、告げる。 「嫌わない。それだけは絶対だ」 「……」 久保田は一つ瞬きをした。そして、そっかと呟いた。 「うん。…時任」 「何だよ」 「ごめんね」 何に対してのごめんねなのか。相変わらず久保田の謝罪は分かりづらい。 それでも、今度は腹は立たなかった。 「もう一回、対戦すんぞ」 今度は真っ向勝負でボコられて、ふざけんじゃねぇと怒る事になるのは、もう少しだけ先の話。 |
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