04:W.A(薬)
「ねえ鵠さん」
「はい?」
「痛み止め、あります?」
「痛み止め、ですか? どこが痛むんですか」
「……さあ?」
 

 痛むのは、骨なのか神経なのか筋肉なのか。そう言えばよく分からないなぁ、と思う。
 結局薬は買わなかった。
「あーもしもし時任? 俺。今バイト終わったから、コンビニ寄って帰るわ。何か欲しいもんある?」
 問えば声は普通に返ってくる。アイスがどうとか、ゲーム情報誌がどうとか。
「うん、うん。…え? ああ、そうね。分かった」
 普通の声だ。普通の声だが。
 底に、痛みの痕跡がある。震えて息を詰めて耐え抜くしかない数十分の記憶だ。
 痛みは確実に痕を刻んで去っていく。
 残念ながらその手の存在には非常に敏感なので、気付いてしまった。
 久保田が誰とも知らぬ相手に何とも知らぬものを渡している間に、また、右手が痛んだのだろう。
 不思議なものだ。
 時任の右手にはW.Aと言う薬が関係しているように思える。
 それによる痛みを久保田は別の薬で誤魔化せないかと考える。
 ただ人を死に追いやるばかりの薬を見知らぬ人に渡しながら。
『久保ちゃん?』
 声が、気付かれたかと警戒をしている。だから気付かぬふりをしてやる。
「ん?」
『どうしたんだよ、急に黙って』
「いや? ちょっと知り合いに似た人がいたような。気のせいかな」
『…女?』
 適当にはぐらかしたつもりだったが、はぐらかす方向を少し間違えてしまった。
 どうも時任は自分の過去に興味があるらしい。興味というよりも、恐怖かもしれない。
「気のせいだったみたい。どっちにしろあんま追っかけたい相手じゃないから」
『…ふうん』
 明らかに機嫌を損ねた声で時任が答えてくる。
「何怒ってんの」
『別に』
「聞きたければ話すけど?」
『どうでもいい』
「そう?」
『てか久保ちゃん』
「ん?」
 もうすぐコンビニだ。一体何が必要だっただろう。
 ゲーム情報誌とアイスと、玄関の電球と。
『慰めんな』
 どういう意味合いか。数秒黙り込まされた。
 時任は意外と、卑怯なやり方を知っている。はっきり告げることのずるさを知っている。
「時任」
『何だよ』
「あんまり俺の事、傷つけないで?」
 だから懇願してみたら、悪ィと一言返されて、電話は切れた。
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