02:シングルベッド
 シングルベッドは、男が二人並んで眠るものではない。
 三日連続で蹴落とされて、痛感した。
「俺と時任が一人なら、理想的だったのにねぇ」
「は?」
「身長。と、体重もかな」
「…悪ィ久保ちゃん意味わかんねぇ」
「だからね、 でかい俺と、小柄な時任。足して二で割れば、きっと平均サイズ。シングルベッドに最適」
 ね、と言うと、無言のまま時任の眉間に皺が寄った。
「はいはい怒らない」
「怒ってんの久保ちゃんだろ。何回も謝っただろうが」
「……」
 怒ってはいない。
 拗ねていると言って欲しかった。
「ベッド、買い直そうかなぁ。…買い直すより、買い足したほうがいい?」
「確かに今の状況は大分不毛だしなぁ。これから暑くなるし。いいよ、俺ソファで寝る」 
「うーん…」
 不毛云々はとりあえず置いておくとしても、実際夏場に肌を密着させて眠るのは嬉しくない。
 けれど、時任にソファで寝られるのは困る。
「買い直す? 買い足す?」
「だから別にソファでいいって。毛布とかだけ買ってくれれば」
 時任は時任なりに遠慮しているのは良く分かる。ベッドの一つや二つで困る事もない。それを彼も承知しているはずだが、だからと言って甘えたくはないのだろう。
「買い直す? 買い足す? どっち?」
「何で俺の選択肢は端から無視なんだよ」
「だって」
 我侭は承知。と言うよりも、時任の好みはどうでもいい。
「…だって?」
 探るように窺うように見上げてくる眼差しに、正直に答えたものかどうか。
「シングルベッドじゃ狭いじゃない?」
「…………。いやだから、だから! 俺がソファで寝るつってんだろ?」
 誤魔化されてくれなかった。うーん、と悩んで天井を仰ぎ見たが、残念ながら天井に答えは書かれていなかった。
「言ってなかったっけ? 俺ねぇ、臆病なのよ」
「は?」
「だから、買い足す? 買い直す?」
 結局このはぐらかしも通用せず、それどころか、だからの意味がまるで分かんねぇよていうかむしろ言ってる事全体がわかんねぇお前脈絡わざとなくしてるだろ、と時任を更に怒らせる羽目になった。
 困った。
 別にそう複雑な事情があるわけでもない。ベッドで寝かせておかないと、不安なのだ。ソファでは、いつでも出て行ける理由を与えているようで。きちんと居場所を作っておいてやらないと、猫はいなくなる。けれどそれを正直に言うのは何だかとても難しい。
「…あ」
 暫く時任の怒鳴り声を聞いていたが、ふと有効そうな文句を思いついた。
「時任、時任」
「んだよッ」
「あのね、ごめんね。言いたくない。もうちょっとだけ秘密にさせて」
「……」
 効果覿面、時任はそれを聞いた途端に口をつぐんだ。はぐらかすな誤魔化すなと怒られはしたが、隠すなとは言われなかった。
「…分かった。んで、買い直し」
「うん、悪いね」
 お前は猫じゃない、それは分かってるんだけどね。
 いつかそう謝罪できる日は来るだろうか。
 あの雨の夜、血まみれの彼の言葉に、頷く事しかできなかった自分にも。
 来るのだろうか。
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