なかなか困った特技だなぁ、と紫煙を吐きながら思う。どんなに困ってものんびりして見えるのは元々の性質、しかし実際これはとても切実な問題だ。 「えーっと」 路地裏に転がった三人の男達を見下ろして、何を言うべきか考える。 「……」 暫く考えたのだが、何を言ったらいいものか分からなかったので、黙ってその場を後にした。 殴られたり刺されたりするのは痛いから嫌だ。 事務所に戻るには電車に乗らなければいけないので、黙って金を差し出すわけにも行かなかった。 事務所には小宮が残っていて、帰りが多少遅くなったわけを聞かれたので事の顛末を話した。 「一体カツアゲさんたちはどこまで叩きのめすのが適当なんだろねぇ」 革張りのソファに深く体を沈めて、煙草に火をつける。 「どこまで叩きのめしたんすか」 「…さぁ?」 殺してはいないんだけど、と付け足すと、小宮は大きく溜息をついた。 「追っかけられるのも面倒っしょ。だから、動けない程度に」 「…まぁ、いいんじゃないすか。俺みたいのが言うのもなんですけど、少なくとも世の中からカツアゲ野郎が三人は消えたわけですし」 「そうねー。うん、正義の味方っぽくって素敵」 「…ヤクザの事務所に通う正義の味方っすか」 小宮の呆れ顔も分かる気はする。 「じゃあ逆に、久保田さんが、止め時だと思った理由ってのはなんだったんすか?」 逆説的に考える。なかなか小宮は頭がいい。紫煙をくゆらせたまま、しばらく考えた。 火をつけたばかりだったセブンスターが、ろくに吸わないうちにフィルター近くまで灰になった頃に、ふと思い出す。 「この風景が一番しっくり来るかなぁって」 「は?」 「薄暗い路地裏でさ、それでも死体が転ぶには綺麗過ぎたから、この程度が似合いかなぁと思って、止めた気がする」 絵心の発露と言うやつだろうか。 それを聞いて、小宮は奇妙な表情をした。 「じゃあもしその風景に似合うのが久保田さんの」 少しばかり硬い声。思わず漏れたらしい言葉は、仕舞いまで聞かされずに途切れた。 言わんとした事はそれでも充分伝わったので、煙草を灰皿に押し付けながら久保田は呟いた。 「…さぁ?」 久保田さんの死体が、似合う場所なら。 彼が押し込めたのはきっと、そんな言葉だ。何しろうっかり生き延びやすい性質のようなので、自分でも分からない。 しかし、小宮の奇妙な表情の本当の理由が分かるのは、大して先の事ではなかった。 『久保田さんは、生きて』 自分の死んだ姿を恐怖も覚えず想像してしまえる久保田を、きっと彼は悲しく思ってくれたのだろう。 やはりその時もどうして答えたらいいのか分からず、しかし彼の思いにこれより相応しい言葉はないような気がして、頷いたのだ。 「うん」 そう、たった一言だけ。 自分よりもうっかり生き残るのが得意らしい猫を拾ったのは、その暫く後の事だった。道端に落ちていたその猫はどこもかしこも傷だらけで、酷く衰弱しており、生きているのが不思議なほどだったにも拘らず、死ななかった。 ベッドの上の、青ざめた寝顔を見下ろす。 自分に似合いの場所は何処だろう。 きっとあの時の路地裏の様に薄汚い、ゴミに埋もれた場所なんだろう。 お前はそうならないように。 「…頑張ってね?」 身勝手な願いを、紫煙に紛らわせて呟いた。 |
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