これは全て自分の満足のためにやっていることだから、間違っても君のためとは言えない。 『自分の満足のため』と言うのが『自分のため』とイコールでないのは不思議だ。 自分の行動は全て、エゴなのだ。 ブランコを揺らしながら、アイスクリームを舐める。 (…エゴだなぁ) 子猫を小宮と二人で埋めた日の事を思い出した。あの時、彼も確か「エゴですねぇ」と呟いた筈だ。 灰色の空は、いかにも都会の空らしく淀んでいる。ただ曇っているのではない。それ以上の何かを感じる。 吸い込んだ紫煙が、喉を燻して肺に降りていく。じわりと黒い何かが肺に染み込んで、端の方から少しずつ壊死させていく。紫煙には、そんなイメージがある。 こうしていれば、いつか呼吸が出来なくなる時が来るのだろう。 終わりはいつ来るのだろうか。 「久保田さん、いつぐらいまでここにいられるんですか?」 確か、よく晴れた日だった。暑くもなく寒くもなく、穏やかな午後だった。 事務所のテレビを使って、小宮と対戦していた。 小宮は性格そのままに真直ぐこちらに向かってくるから、格闘ゲームは下手だった。彼は半分ゲームを投げていたのだろう。不意に、そんな事を聞いてきたのだ。 「いつまでだろうねぇ。でも何で?」 「いや、だって、年少組にいつまでもいるわけいかないじゃないっすか」 「まあ、そうね。あと三年で一応大人の仲間入りだし」 「したら、真田さんにつくんすか?」 「…うーん…。あんま、考えてないな。成り行きでそうなったらそうするっしょ。お前こそどうすんの」 いつまでも年少組にいるわけにいかないのは小宮も同じだ。 「そうっすね…。俺も、あんま考えてないかもしれません」 そう言って小宮は苦笑した。 「でも、お前は周りにも慕われてるし、気ィ利くし、将来有望だと思うけど?」 「将来有望っても、やってることはヤクザですし」 「あー、まあ、そうね」 ヤクザの将来に有望も何もないのは確かだ。将来に何かを思い描くようなら、きっともっとまともな仕事がある。 「俺は、上に行きそうにない?」 「え?」 「真田さんにつく、って言ったっしょ。出雲会の青年組に入る、じゃなくて。前にもある不良刑事に『組織に首つっこむとは思わなかった』とか言われたし。俺ってそんなイメージなのかなぁと」 久保田は言いながら小宮のキャラクターを殴り飛ばしてゲームを終わらせたのだが、小宮は負けについては何も言わなかった。 「イメージっていうか…。だって」 小宮は驚いた顔で久保田を見る。 「久保田さん、一応もう幹部じゃないすか。俺は久保田さんは上から年少組に派遣されてる、くらいのつもりでいたんすけど。違うんすか?」 「そうなの?」 「…真田さん言ってたっすよ。思いっきり。初日に。はっきり」 「……。ああ」 「その思い出したふりすんの、やめてくださいよ…」 心から脱力したらしく、小宮はがくりと下を向いた。 「とりあえず、久保田さんより先には抜けられないです。どこにいたって気になって仕方ない」 「それなら」 「?」 「お前が抜けたい時は言ってくれたら、俺も抜けるよ」 「は?」 「二人で仲良く卒業?」 「……」 久保田は本気で言ったのだが、小宮は何とも言えない微妙な表情を見せた。笑ったものか呆れたものか困ったものか、迷っているようだった。 取り敢えず、本気だと思ってはもらえなかったらしい。 実はそれに地味に傷ついたりしていたのだが、結局将来について小宮と語ったのはこれが最初で最後になってしまった。 以来、誰かと具体的に将来について語り合ったりしたことはない。 「久保ちゃん」 不意に、僅かに遠い位置から声をかけられた。公園の入り口に立っているのは時任だ。彼は小走りに駆けて来て、ブランコの前に立った。 「どうだった?」 「やっぱ無かった。畜生、予約しとくべきだった…」 今朝、彼が発売日をすっかり見逃していたらしい新作ゲームを探すのだと言い出し、それから半日ゲームショップ行脚である。 久保田も楽しみにしていたので最初は律儀に付き合っていたが、回ったゲームショップの数が二桁に届いた所で流石に疲れてしまった。そこで公園で待っていたのだ。 そろそろ時任も疲れてきた頃だろう、そう思って尋ねる。 「もう帰んない?」 「…後もう一軒だけ!」 「俺、足痛いんだけど」 「……もう一軒だけ」 頼むッ、と拝まれてしまうとそれ以上は強く出られない。自分は意外に力押しに弱いと、彼と暮らし始めて気付いた。 溜息一つ、立ち上がる。明日バイトが無いのが救いだった。 「カレー、俺があっためるから!」 どうもそれが本気の礼のつもりらしい。思わず笑いそうになったが、我慢した。 「まあ、俺もあのゲーム欲しかったし」 空気に雨の匂いが混じり始めている。帰るまで降らずにいてくれるだろうか。 「それに、お前のためなら、仕方ないね」 終わりは見えない。 これだけ我侭に、卑怯に生きているのに、終わりが一向に見えない。それが厭ではない。 小宮が最期に背中を押してくれたお陰だろうか。 (…どうなのかな) 小宮が死んだあの雨の日から三回目の冬も、もうすぐ終わろうとしていた。 |
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