時任の持つもので、久保田を真実傷つけるものなど何一つないのだ。 いずれ彼にも与えられるであろう、死という現実以外には。しかしそれは仕方がない。死は誰の身にも等しく訪れるものだ。 仕方ない。その筈なのに、時任の死という確実な未来は久保田を傷つける。 警察から家までは、少しだけ距離がある。雪の降り始めた空気に長い時間さらされて、時任の耳は赤くなっている。しかし、そんなことにまるで頓着せず、獣の手の少年は説教をする。 「久保ちゃん、お前説明するってこともうちょっと覚えろよ」 「うん」 「俺、もしかしたら事情分かんねぇでテンパって、部屋戻ってたかも知んないじゃん」 「うん」 「それに、心配したんだぞ」 「うん」 この世は意外に鋭いものが多い。のらりくらりと生きている自分ですら、たまにきついと思うことがある。 離れて、縁を切ったつもりで、安心していた。 いつでもこちらに手を出す準備がある。久保田を救うことで、それを教えるような手段を知っている人間が、この世にいる。 とても簡単に救われた。 いつか、数歩先を弾むように歩く背中が、同じくらい簡単に奪われてしまうかもしれない。 そう思った時、不意に時任の足が止まった。思考を読まれたような錯覚に陥って、どきりとした。 が、時任はこちらの顔を見て、ただ眉根を寄せただけだった。 「どしたの」 「どうもこうもねぇよ」 時任は振り返ることはしても、こちらに戻っては来ない。 「お前、ちゃんと帰ってきたんだろ」 「うん」 「だったらそんな顔すんな。俺の後ろじゃなくて、隣歩けよ」 そんな顔、がどんな顔の事を言っているのか分からなかったが、時任が慰めの類ではない何か優しい事を言ってくれていることだけは分かった。 「歩けよ」 ここに来い、と寒さに赤くなった指先が、自分の隣を指す。命じる厳しさのないその一言になぜか抗えず、久保田は足を踏み出す。 たった二歩の距離。その距離を縮めることを、どこか怖れている自分がいた。 「それでいいんだよ。俺の前でも後ろでもなくて、横歩けばいいだろ。俺も久保ちゃんの横にいる」 時任はそれだけ言うと、再び歩き出してしまった。こちらは立ち止まったままだから、あっという間に距離が開く。どんどん行ってしまう歩き方で、彼が照れているのが分かった。 本当に心配させてしまったのだと、漸く理解した。 「時任」 止まったまま呼び止める。 「んだよ、寒ィんだよ!」 照れ隠しの返答は、必要以上に大きく響く。素直に礼など言ったら本当に機嫌を損ねそうなので、口に出す寸前でやめた。 「…鍋、何入れようか?」 時任は思い切り厭そうな顔をした。 「俺の胃袋は今日はピザしか受け付けねぇ」 数日の警察暮らしであまりまともな食事をしていない身に、ピザは重い。だが、そんな事をまるで無視するのが、時任の時任たる所以だ。 もう暫くは一緒にいられるだろう。 もう暫く。 もう少し。 ずっとという言葉は、使えなかった。 |
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