それは昔の映画の映像だった。何故昔の作品だと思ったかといえば、単に白黒だったからという、それだけなのだが。 時任のザッピングに文句も言わず煙草をふかしている、隣席の同居人に尋ねる。 「…久保ちゃん、これ、白黒映画?」 「んー? うん」 見れば分かる問いは、少しだけ久保田を困らせたらしい。セブンイレブンと書かれた看板を見てこれはセブンイレブンかと尋ねたようなものだ。だが、こちらもそんな小さな戸惑いを気に止めるほど繊細な神経はしていない。 ソファに預けきっていた体を起こし、画面に見入る。 「俺初めて見た。白黒映画。ホントに白黒なんだなぁ」 「そうなの?」 「うん。白黒の映画なんて見てて気が滅入りそうだと思ったんだけど、不思議とそうでもねぇな」 「まあ、確かに白黒って言葉の印象よりは明るいかもね」 映画の中では、少女が小さな犬を抱えて歩いている。もしかしたら久保田は知っている映画だろうかとも思ったが、彼も何も言わないので、部屋がにわか映画鑑賞会の雰囲気になっている。 久保田は何か別の事を考えているのかもしれない。しかし、時任はそれは尋ねなかった。久保田の抱く疑問は想像がつくし、その疑問の答えを自分が持っていないことも分かっていたからだ。 何故、一目見ただけで見たことのない筈のものを、白黒映画だと判じられたのか。話に聞いていただけにしては、自分の理解はスムーズすぎる。どこかで触れた経験があると考えれば説明がつくような気はするのだが。 誰に白黒映画の話を聞いたのか、本当に見たことがないのか、それは時任にも分からない。たった二年ほどの記憶に思い当たる節がないという、ただそれだけだ。 「時任、いいこと教えてあげようか」 しかし、久保田は全く予想外の一言を口にした。 「何だよ」 「この映画、途中からカラーになるんだ」 「え?」 その言葉に、一瞬久保田に向けていた目をテレビに戻す。どう見ても白黒だ。昔の作品のように見えるのだが、違うのだろうか。 「昔の映画じゃねぇの? これ」 「うん、昔の映画。多分五、六十年前のじゃないかなぁ」 「…カラーに出来んだったら、白黒じゃなくていいじゃん」 「見てれば分かるけど、この後、この女の子が異世界で大冒険するのよ。だから、現実は白黒、夢の世界はカラー」 「……現実が白黒?」 現実をカラーにしたほうが、リアルでいいような気がする。 「現実だから、白黒なんだと思うけどね。フルカラーで毎日見てるんだから、現実は頭の中で補完できるでしょ」 灰色の世界の少女は見慣れない服装をしている。彼女の現実は時任にとって充分にファンタジーだ。補完できねぇ、と呟くと、久保田がもう一言付け足した。 「それと、記号的な意味もあるんじゃないかな。この綺麗な世界は夢ですよってね」 「何かそれって、灰色の現実が強調されてて厭な感じすんだけど」 「そうね。でも、結局この子は灰色の現実に帰るんだし、ってことはそれがこの映画のメッセージなんでしょ」 「どういうメッセージ?」 「何だっけ。『家より素敵な場所はない』だったかな。灰色の、厳しい現実でもね」 映画の中で、少女は灰色の世界を歩く。彼女は楽しそうだ。 歩きながら歌う気持ちは分からないが、夢よりも現実を選んだ彼女の気持ちは何となく分かる。自分には自信を持って家と呼べる場所がないけれど。 「それってさ、結局帰ってくる場所を家って呼ぶってことだよな」 「そうね」 「…そっか」 それならば、自分の家はここなのだ。 三食カレーで、時々盗聴器が発見されたり警察が訪ねてきたりするこの部屋だ。 久保田誠人の部屋だ。 「久保ちゃん」 「ん?」 「…俺、久保ちゃんいない部屋に帰ってくる気、起きねぇから」 説明は端折って、重要だと思える部分だけを継げたのだが、久保田はそれを理解してくれたようだった。 「うん」 あまりあっさり理解されるのも照れる。が、悪い気はしなかった。 |
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